キッチンと職人
記事:半場唯建築アトリエ 半場唯
私が設計事務所に勤務していた時、最後に担当した物件があった。
事務所で古株だった私は、法律のややこしい公共建築を担当することが多かったが、独立を間近に控えていたこともあり「最後に住宅を一軒担当させてほしい」と所長にお願いした。
快諾してくださり担当させてもらったのが「家具師の家」であった。
設計が進んでいき、家具を検討する段階にきた。
通常、私達が描いた家具図面は工務店の現場監督を介して施工図面(職人が作るための詳細図面)になる。それを基に制作に入ってもらうのだが、
『こちらの家具は全て、家具職人のご主人が造るからご主人と相談しながら進めなさい』
と言われた。制作する職人と直接、自分が描いた図面で対話するという身の引き締まる案件となった。こちらの家具の中で最も思い出深く、相談を重ねた家具がキッチンであった。
私のスケッチで打ち合わせを重ね、何度も図面を描いた。
実際に作ることが可能な形、少しだけ余裕のある寸法(逃げをつくるという)、金物の調整(丁番がつくところは細かな傾きがないか、引き出しのレールの動き方など)と挙げればきりがないほど注意点があると知った。
自分の描いた図面が形になる過程のなかで、この時までは、家具制作においてのディテール検討をしたことがなかった為、出来上がるまでは恥ずかしいことの連続であった。
この時の経験が現在、私と職人の関わり方に大きく影響を与えていると思う。現場の職人(大工・左官・電気・水道など)が考えることに興味を持ち始めたし、自分の描く図面の絵面より、造り方に興味を持つ様になった。
とにかく職人と話したくて、しつこい現場通いをするようになったのである。
家具師の家は竣工から5年たった現在、使い込まれてより良い風合いになった
栗の木の天板についたシミや焦げ跡は家族のためによく働いている名誉の勲章である。
現場が始まってから家族ぐるみの付き合いになり、家具の相談から人生相談まで、何かある度にふらり立ち寄っている。そしてこのキッチンに触れるたびに当時に引き戻され、私の腑抜けた心を奮い立たせてくれるのである。
ただの思い出話となってしまったがどうか今一度、身近な家具をよく観察してほしい。
もしもスッと引き出しが引き出せたり、気持ちよく扉が開くのであれば、家具だから当然でしょ!と思うなかれ、それは家具を造った職人の細やかな配慮によるものなのである
Thank you for :Bench Work Tatenui & 江角アトリエ